各国演奏者との交流や作曲集出版、後進の育成に「ワクワク」
8歳の時に出会ったパンフルートに魅せられた咲久徠史子 (さくらふみこ)さんは、日本で数少ないプロのパンフルート演奏者として活躍しています。本場のルーマニアをはじめ世界中のパンフルート演奏者とコンサートを開催し、モルドバ大使館のイベントにも数多く参加。自らが作曲したパンフルート作曲集を出版してモルドバの学校に寄贈したり、日本の大学で専門コースを立ち上げたりなど、パンフルートの普及や後進の育成にも力を注いでいます。
Q:まず、パンフルートを始めたきかっけを教えてください。
パンフルートを始めたのは8歳の時で、たまたまパンフルートを演奏する小さなグループで練習したのが始まりです。世界的なパンフルート奏者で巨匠といわれているルーマニアのゲオルゲ・ザンフィル氏の演奏をよく聴いていて、本場ルーマニアでパンフルート奏法を学びました。その後スイスで開催されたパンフルートのフェスティバルに参加し、ザンフィル氏の一番弟子で後継者ともいわれているルーマニア人のラドゥ・ネキフォル氏に出会いました。ネキフォル氏は、私の現在の師匠です。
その後、日本とルーマニアを何回か行き来し、オンラインでも学びながら演奏をブラッシュアップ。2015年から演奏活動を始め、ベルギーに在住するモルドバ出身のパンフルート演奏者ステファン・ネアグラ氏にも師事しました。
Q:モルドバ大使館との交流についてお聞かせください。モルドバ大使館では、咲久さんがモルドバの女性歌手と一緒に演奏しながら歩くメッセージビデオが流れていました。
私はパンフルートのさまざまな催しものに参加していたので、大使館ともご縁ができて交流が深まっていきました。コロナ禍の前はリアルなイベントで交流していましたが、それが困難になったので、ルーマニア大使館とモルドバ大使館が協力し合ってメッセージビデオを作成したのです。
メッセージビデオには歌手のビオリカさんなどモルドバの女性たちと歌や演奏で一緒に参加し、ビデオはモルドバ大使館だけでなくルーマニア大使館でも流れています。ビオリカさんをはじめモルドバの女性たちが人々を巻き込む大きな力やパワーを持っていることに、いつも感心しています。
ルーマニアとモルドバは歴史をたどると同じ民族になるので、つながりが深く姉妹国のようなイメージです。私は大使館のイベントでもパンフルートを演奏しますが、ルーカニアやモルドバの人にとってパンフルートは魂の楽器ともいえ、その音色を聞くと懐かしい気持ちになって故郷を思い出すと喜んでくれます。
コンサートやイベントの時は、手刺しゅうが入ったルーマニアやモルドバの民族衣装「イエ」をいつも着用します。伝統的ということで日本の和服とも通じるイメージがあり、大好きな衣装です。イエの柄は地域によって違うので、柄を見ればその人がどこの出身なのかわかります。2020年6月24日の「イエの日」には、ルーマニア・モルドバ両国が開催した「第1回両国デジタルパレード」に参加。このパレードは、ルーマニアテレビ局のニュースでも放送されました。
Q:パンフルートの魅力とはどのようなものでしょうか。
ルーマニアやモルドバでは、パンフルートは「ナイ」とも呼ばれています。世界の最古からある楽器といわれ、ギリシャ神話をはじめさまざまな国の歴史上にも登場しています。日本の歴史上ではシルクロードを通じて入ってきたとされていて、正倉院にも納められています。一般的には竹で作られるのですが、ヨーロッパには竹がないので、日本や中国、台湾から輸入して作られている状況です。歴史にも登場する伝統的な楽器ということもあって、日本人にも馴染みやすいと思います。
「パンフルートの魅力は?」と聞かれると、私の師匠の師匠であるザンフィル氏の言葉が思い浮かびます。彼は1970年頃から世界各国で演奏しているのですが、「最初にパンフルートを演奏したのは誰なのでしょうか?」という質問に対し、「風である」と答えています。もともとは水辺に生えている葦から作られたともいわれていて、それが風に吹かれて鳴ったといわれており、自然の音色が魅力です。
Q:コロナ禍前に開いていたパンフルートのイベントや演奏会についてお聞かせくだい。
コロナ禍前は、パンフルートのフェスティバルやコンサートを毎年秋に都内で開催していました。世界各国から演奏家が来日し、演奏やワークショップが行われていたのです。現在は観客を入れずに小規模で行っていますが、2020年には世界各国から演奏者が参加し、オンラインコンサートを開催。18カ国から約100人と、地球上の全大陸の演奏者が集まり、世界でも初の試みとなりました。その時は、モルドバ大使館からも映像提供などをしていただきました。
今年10月には、日本、韓国、中国の3カ国でパンフルートのアジアフェスをオンライン開催します。前回は日本主催ということで私たちが手がけましたが、今年は中国が主催してくれることになっています。日本でももっと多くの人に演奏して欲しいのですが、現在国内にプロは4~5人程度しかいません。わりと年配の方が多く私が最年少なので、次の時代にバトンを渡していくためにも若手演奏者を育てていきたいと思っています。
Q:咲久さんは教育活動にも力を入れているのですね。
はい、まず2017年にパンフルートのクラブを立ち上げ、2019年にはルーマニア大使館公認の「日本ルーマニアパンフルート協会」を設立。私が会長に、巨匠のザンフィル氏と師匠のネキフォル氏が名誉会長に就任しました。海外演奏者とも協力しながら楽しい企画を考え、さまざまなところでパンフルートの指導をしています。
2019年には私が講師を務める東京音楽大学付属民族音楽研究所でパンフルート講座が立ち上がり、2020年には成蹊大学でもパンフルートグループが生まれるなど少しずつ広がっています。私は東京音大や成蹊大学をはじめ、他の大学や高校、小学校、カルチャー教室などでも講師をしたり特別講義や夏季講座を受け持ったりと、若い層を中心に指導を行っています。
Q:パンフルートの作曲も手がけていらっしゃいます。
日本をはじめ、世界的にもパンフルートのために作曲された曲が少ないと感じていたので、2016年から作曲活動もスタートさせました。そして今年6月には、すべて自分が作曲した日本初のパンフルート曲集となる「Flûte de Pan JapoNAIse No.1」を出版することができました。
私の友人の1人はコンスタンティン・モスコビッチ氏というモルドバのパンフルート名手なのですが、8月にはモルドバ大使館のご協力によりこのパンフルート曲集をモスコビッチ氏に届けていただきました。私が寄贈したこの曲集はモスコビッチ氏を通じて、9月にはパンフルートコースがあるモルドバの高校、大学に配布される予定です。教育現場で活用していただき、日本とモルドバの文化交流を深めながらパンフルートの普及を進めていくことができればと思っています。
Q:それは素晴らしいですね。咲久さんのこれからの展望をお聞かせください。
パンフルート曲集については、有難いことに思った以上の反響をいただいています。来年には続いて2作目のパンフルート曲集が出版されるのですが、ソコラン在日モルドバ大使が挨拶文を書いてくださるとおっしゃってますので、とても光栄であり楽しみです。
第2曲集は日本の伝統をテーマにした曲や、ルーマニアの雰囲気を盛り込んだ曲も入っています。さらに第3集に向けて、美しいモルドバの風景から影響を受けた曲を作ったりアレンジしたりしているところです。作曲やアレンジだけでなく、世界最古の楽器とされるパンフルートが歴史上のどのような背景で守られてきたかというような研究も進めています。
また、モスコビッチ氏が来年モルドバで開催するパンフルートコンサートに呼んでくださるというお話もあるので、来年こそまだ行ったことがないモルドバを訪れたいと思っています。日本でパンフルートの普及活動をしていくためにも、ぜひモルドバ訪問を果たし、日本との交流をもっと深めていきたいですね。パンフルートのおかげで、とにかく毎日が楽しくて、ワクワクしています(笑)。
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